2月19日(日)
山形市料亭の原点・のヽ村を訪ねる

七日町の大通りから少し東へ上った通り沿いに、古い料亭が並んでいる。歩くには程良い道幅の、昔ながらの通りだ。そこには古い映画館や鰻屋、魚屋、居酒屋などが軒を連ね、その十字路の少し先に「のヽ村」がある。

のヽ村は明治6年、旧水野藩士であった野々村政太郎氏により料亭「野々村家」として創業した。創業当時は旧県庁近くにあったとのことである。しかし、初代県令三島通庸による県庁建設のため明治9年、現在の「四山楼」の地に移転再建された。その後野々村氏は明治39年に旅館「山形ホテル」を創業したが、幾多の変遷を経て、大正12年、現在地に料亭「のヽ村」として新築され、今に至っている。

老舗料亭・千歳館

七日町を歩いてみる。大型店舗はないが、一軒一軒が味わい深い店であることが分かる。のヽ村は、その中にひっそりと建っている。歩く視点では、薄い紅殻色の塀しか見えない。雪がちらつく中、その低めの門をくぐってみた。

本館正面

自然石の敷かれた前庭に入ると、ほどなく玄関である。すべてが低めにしつらえてあるため、落ち着きが感じられる。玄関から各室へ向かう先には、丸窓の灯りが漏れており、しっとりとした風情である。

洋間・鹿鳴館ホール

現在は木造三階建てだが、建設当初は二階建てであった。大正12年に建てられた故、階段の蹴揚は高めである。現在は階段の両側に木製の手摺りが取り付けられている。この階段を上がると、その先はさらに左右の階段へとつながっている。

二階の和室で、女将である野々村圭子さんの話をお聞きした。眼下の庭は雪に埋もれているが、当初は隣接する建昌寺の庭であったとのことで、中央に樹齢三百年のエドヒガン桜を見ることができる。春になったら、さぞかし見事なことだろう。

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