平成23年12月7日(水)
ハッピー工業株式会社 旧宮町本社を訪ねる

宮町、銅町周辺には、金属加工に携わる会社が多く、【山形鋳物】は、この町で作られる山形の名産品です。伝統的な鋳物だけではなく、先進的な金属加工を行う企業もあり、【ハッピーミシンはその代表格とも言える 製品です。
 宮町の四辻角にハッピー工業の広大な敷地があります。ハッピー工業発祥の地であり、かつて木造の長い工場が連なっていました。ここで作られるハッピーミシンは、昭和の時代、どの家でも使われていたと言っても過言ではないでしょう。
 終戦後にミシン製造を開始し、ハッピーミシン製造株式会社となりました。以後世界中へ輸出を続けているグローバル企業です。昭和60年にはハッピー工業株式会社と社名変更し、現在に至っています。その歴史を物語る木造の本社社屋が、平成24年の年明けに解体されました。私達は、その直前である平成23年の12月に訪問し、写真に記録させて戴きました。 ハッピーミシン工業株式会社は、すべて立谷川へ移転され、敷地には現在地元の方々の生活を支えるスーパー マーケットが建設されています。

山寺ホテル正面入口

西日を受ける本社棟と、それに直角に連なる平屋建ての工場。戦前の昭和15年、つまり約70年前に建てられたと思うと感慨深い。

山寺三番

木造本社の二階を見上げる。屋根は、半切り妻屋根になっていて、お洒落。漆喰の白い壁と妻面の意匠にも凝った様子が見られる。二階の四方はガラス窓で囲まれており、美しく夕日に輝いていた。山形の工業史を物語る産業遺産だったと言えるのではないだろうか。

本館2階

正面玄関を入ると、受付と事務室になっている。ガラス窓から入る光で、室内はとても明るい。前会長の原田好太郎氏が宮町に木型屋を創業したのは大正12年であるが、4年後に鋳物業を開始し原田鋳物工場となる。

2階客室

会議室の様子。どの部屋にも同じ意匠のガラス窓がある。窓枠は木枠のままで、窓の鍵は建設当時のネジ式のものだった。今は非常に珍しくなっているだけに、とても大切に使われてきたことを伺わせる。昭和13年には、ミシン部品の鋳造を始めた。

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