平成24年7月8日(日)
まほろばの里 高畠町の旧長谷川製糸工場を訪ねる

東置賜郡高畠町は、歌人結城哀草果によって【国のまほろば】 と詠まれた美しい里です。その歴史は古く一万年前まで遡り、多くの古墳群を見ることができます。「まほろば」とは、周囲が山々に囲まれた平地で、実り豊かな住み良いところという意味をもちます。明治11年に旅したイギリス人旅行家イザベラ・バードは、新潟県境の峠を越えて小国町に入り、米沢盆地に至ってこのあたりの景色を【東洋のアルカディア】と賞しました。

この地の素封家である長谷川家は伊達家に仕える武家でしたが、天正19年(1591)より、現在地に居を構えるようになりました。第15代長谷川元七氏(初代平内氏以後襲名)がこの地に製糸工場を創設したのは明治15年のことですが、木造の工場や女子寮群は、残念ながら平成に入り解体されました。昭和53年には、映画「ああ野麦峠」のロケ地になり、その姿を偲ぶことができます。長谷川合名会社が製糸業の操業を停止したのは、平成9年のことでした。

山寺ホテル正面入口

広大な製糸工場跡地に残る、長谷川家正門。1500年頃高畠は伊達領であり、工場敷地は城跡であった。室町時代のものと言われる茅葺き門の周囲には、現在も堀の一部が残る。

山寺三番

門を入るとすぐ左手に「家憲」が刻まれた石碑が置かれている。長谷川家中興の祖15代平内氏により立てられたもの。山形県特産の「甘石」を用いており、「堪忍」「倹約」等の堅実な文言が連なっている。

本館2階

邸内に残された生糸蔵。繭から生糸になった製品は、この蔵に保管された。下部の通気口には、「長谷川」の文字が一文字ずつ石に刻まれている。昭和23年には、貞明皇后様が蚕糸業奨励のためにこの地を行啓され、石碑が残っている。

2階客室

堀のすぐ外に【ル・オンブラージュ】というカフェがある。 第1/2/3週の金/土/日曜のみの営業だが、レトロでお洒落な気分に浸ることができる。この建物は以前駐在所だったということだが、窓などもきちんと動くよう手が入れられた「本物」である。

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