平成24年1月19日(木)
鶴岡市金峰山麓の青龍寺に、解体前の「旧黄金村役場」を訪ねる 其のニ

山寺ホテル正面入口

正面玄関を見る。全体として白く見えるが、実際は淡いグリーンと白とのツートンカラーだった。背景の深い森緑に映え、清々しい印象を与えている。シルバーのアルミサッシに替わっているのは残念だが、建設当初の木製建具に復元できれば、素晴らしいものになるだろう。

山寺三番

建物を側面から見る。沢山の窓が付けられ、内部はかなりの明るさがあるだろう。解体が決定していたため、内部に入ることは許可されなかったことが残念である。藤沢周平は、昭和18年から3年間、この黄金村役場に勤めた。そして役場控え室で、終戦を告げる玉音放送を聞いたのだという。その建物、その場所がここにあることに価値がある。

本館2階

旧役場の隣地奥に、保育園が建っていた。建物はこどもたちが遊ぶ姿を見守り、ほほえんでいたことだろう。ふと、宮沢賢治の勤務した花巻農学校を思い出した。現在、岩手県立花巻農業高等学校の敷地に移築された「賢治先生の家(羅須地人協会)」である。賢治亡き後もここに行けば、彼の息づかいが聞こえるような建物である。

2階客室

雪に埋もれた建物正面部。藤沢周平が近くに生まれ、税務課書記補として3年間勤務した。一時は藤沢ファンからの声で、解体が見送られたこともあったというが、残念なことである。鶴岡には他にも擬洋風建築物が多数残されている。黒川地区に甦る日を楽しみに待ちたい。

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