平成25年2月23日(土)
蔵王で白州次郎トークイベントが行われました 

 蔵王の上の台ゲレンデ近くに、白州次郎が建てた別荘が残されていることは、以前この研究会HPで紹介させて戴きました。現在の所有者は東京の方で、この別荘保存活動に関わっていらっしゃるのはNPO法人元気・まちネットさんを主体とした「旧白州次郎・保存活用の会」蔵王プロジェクトM・Jです。勿論私たち「山形歴史たてもの研究会」も地元として何らかのかかわりを持っています。

活動報告:平成23年8月21日(日)蔵王温泉に白洲次郎の別荘を見る

活動報告:平成23年12月10日(土)白州次郎と蔵王を語るフォーラムに参加

白州次郎は1902年生まれ。英国ケンブリッジ大学に留学し、英語が堪能でした。吉田茂元首相の側近として終戦時、憲法制定の際にGHQと折衝し、筋を通すその姿勢が「従順ならざる唯一の日本人」と言われたことは有名です。その後1951年、東北電力会長となり、スキーのために蔵王を訪れるようになりました。「風の男」白州次郎は当時の知事我孫子藤吉氏に、蔵王を「東洋のサンモリッツ」にすることを薦め、蔵王ロープウェイはスイスの登山電車をモデルにして整備されたと言われています。そうした意味で、蔵王の恩人とも言えそうです。随筆家白州正子は夫人。

2月22日から、まちネットさんのイベントとして「樹氷見学と白州次郎トークイベント」が行われました。遡って平成23年8月、当研究会として初めて見学させて戴き、彼の別荘が山形にあることに驚き、感動したものです。それから1年半。建物保存活用の難しさに直面しながら、まちネットさんは数々のイベントを行い、地元蔵王の方との協働を模索していらっしゃいます。私たちも、戦後の日本を背負って活躍したカリスマ【白州次郎】の遺産である別荘がこの山形県に現存することを誇りに思い、早期利活用に至るよう努力して行きたいと思います。
元気・まちネットHP:http://www.genki-machinet.com/


ご紹介する写真は、夏撮影したものです。


山寺ホテル正面入口

蔵王バスターミナルから「盃湖」に向かってゆるやかな坂を上ると左手に、この湖が見えてくる。昔は貸しボートで賑わったものだ。盆地ゆえ夏が暑い山形において、蔵王は避暑地であった。

山寺三番

蔵王体育館を過ぎて、さらに上の台ゲレンデ方向に上って行くと、道がカーブした地点に苔むした土留めが見える。この道はかつてなかった道。見上げると、木立の中に白と焦げ茶ツートンカラーの別荘が建っていることに気づく。

本館2階

建物を側面から見る。下部は石垣になったおり、3階建てかとも思える。長年開かれることのなかった窓が開かれ、通気が行われた。これは建物保存上、最も大切なことだ。驚くべきことに、この当時より外壁にはフレキシブルボードが使われている。

2階客室

カーブを曲がると、別荘の正面に出る。シンプルモダン故、古さをまったく感じず、まるでペンションかと思ってしまう。レトロ館と言うには、あまりにも新鮮なのである。周囲には次郎が自ら植えたと言われるハコヤナギや、カスミザクラ、クヌギ等が植えられている。

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