平成25年6月16日(日)
米沢市の武家屋敷と旧米沢高等工業学校本館を訪ねる 

久々に米沢を訪ねることになりました。米沢は「上杉の城下町」として栄え、現在も落ち着いた城下町の風情を残しています。米沢牛だけでなく絹織物も盛んで、自然素材(絹)を自然染料で染め上げる「米織」が有名です。全国で生産される袴の9割以上が、米沢で作られています。
  米沢藩上杉家の家祖は上杉謙信ですが、謙信の跡を継いだ景勝は、慶長3年、秀吉の命により会津に入りました。その時、重臣である直江兼続が米沢に入りましたが、関ヶ原の合戦において豊臣方に加勢したため、景勝は米沢に減封されました。これにより米沢藩初代藩主上杉景勝が誕生。
  9代目中興の祖「上杉鷹山」は、逼迫した藩の財政を立て直すべく、質実剛健、質素倹約を旨とし、米沢の基礎を築きました。鷹山が残した「伝国の辞」3箇条は、藩主としての心得で、現在の民主主義思想を説くものです。

山寺ホテル正面入口

米沢市南方郊外にある「芳泉町」(ほうせんちょう)は、中、下級武士の住まいでした。現在もその面影を色濃く残す静かな町です。今回訪れたお宅は、その集落から少し離れた場所に位置し、簡素で美しい佇まいでした。周囲の生け垣は「うこぎ」で、現在も食用として食べられています。

山寺三番

屋根はかつて茅葺きでしたが、この家は比較的新しく明治中期に建てられたと言われています。玄関の木格子引き戸はすっきりとした意匠ですが、堅固なつくりで、開放的です。

本館2階

夏、開け放した格子戸は心地よいものですが、内側には頑丈な扉がしつらえてありました。雨戸ではなく、内側から閉め切るための扉です。

2階客室

奥の間を見る。非常にシンプルな部屋の構成で、正に質実剛健。中の部屋は仏間になっており、天井が高く心地よい空間です。数年前に訪れ、うこぎのおひたしをご馳走になった時と、何も変わりありません。

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